年頭に当たって

理事長 畑 恒土

私の歴史

私は東京、練馬区で育ちました。400坪の敷地に畑と納屋があったのを覚えています。(東京で400坪と言えばさぞ裕福なと思われるでしょうが、父は教師で借地でした。)ヤギの小屋の横にニワトリ小屋があって、朝ヤギの乳を搾り、ニワトリの卵を拾うのが日課でした。犬が数匹、猫は増えたり減ったりでいないことはありませんでした。時々鴨居に蛇のぬけがらがあり「あれ何?」と聞いて青大将の抜け殻だよと聞いても、寝ているときに枕もとを蛇が歩いて(?)いるなんて想像できなかったので怖くもなんともありませんでした。小学校のころ4軒隣に雑貨屋が出来て我が家では隣店(となりみせ)と呼んでいました。300mは離れていたと思います。何しろ各々我が家より大きな敷地でしたから。小学校に進み、中学、高校、大学を経て今に至っています。

私的なことから書き始めて恐縮です。

看護前置主義

当法人では看護前置主義を謡っています。聞きなれない言葉ですね。私たちは誰かに関心を持つとその人がどういう人かを知りたくなります。その人を知ろうとした時、その人の歴史が大切になります。関心がなければどうでもいいことです。

我が国のナイチンゲール研究の第一人者である科学的看護論を記した薄井坦子先生は、「その人に関心を寄せることから看護は始まる」と言われました。ここから始めようというのが看護前置主義の意味です。

歴史を知る

私たち、医療や福祉にかかわる者の目指すところは、関わる人各々を幸せにすることです。

自然に治る病気や、治せる病気の場合、「その人にとっての幸せは?」なんて考える必要はありませんが、付き合い続けるしかない病気や障害を抱えた方に対しては、肉体と病気だけ見ればいいわけではありません。残された時間が短くなればなるほど、難しくなりその人の歴史が大切になるのです。

「食べたいものを食べ、飲みたいものを飲み好きなことをしたらあと1年、全部我慢したらあと2年生きられます。どうしますか」と尋ねるか、「好きなものをお食べなさい。」というか、「これはダメ、これもダメ」というか。最近、選択枝を上げて、どうするか決定してください。という医師が増えているように思います。私は、それぞれの人のことを知り、信頼関係を築き、その上で「○○したらどうですか」と言える医師でありたいと思います。

時間がある時には、少し歴史のお話をしてくださいね。

あいち診療所 野並 院長 野村 秀樹

あけましておめでとうございます。昨年一年間は皆様にとってどのような年だったでしょうか?

国内の出来事を振り返ってみると、能登地方の大災害といった悲しい話題もありましたが、パリ五輪でのメダル多数獲得・日本からノーベル平和賞受賞など明るい話題も多くありました。

あいち診療所野並は特に華やかな話題があった訳ではありませんが、日常の診療は着実に前進しました。例えば、以前より行っていた高血圧等の生活習慣病の指導をより多くの方に受けていただけるようになりました。診察時はもちろんですが、診察の際に聞きそびれた、医師には聞きにくいけど生活での注意点を聞きたい等あれば看護師や栄養士もお話させていただくことができます。また、決して快適とは言えなかった感染診察室も、少しでも快適に利用していただけるようにリフォームいたしました。

今年は、昨年の実践をさらに発展させる一方、オンライン診療など新しい技術の利用も進めてゆきたいと考えております。また昨年実現できなかった地域への出前講座・健康相談など診療所外での活動にも取り組んで地域の皆様とのつながりさらに深めてゆきたいと思いますので、診療所への希望や要望などお気軽にお聞かせください。

本年もよろしくお願いいたします。

あいち診療所 滝の水 院長 岡崎 嘉樹

相生山の春

相生山の春の訪れは、梅の香りが伝えてくれる。二月下旬のまだ朝夕の寒さが厳しい頃に、可憐な紅白の花とともに上品な香りが漂ってくる。桜の華やかさも素敵だが、梅の控えめな小ぶりの花には趣がある。何よりも目をつぶっても、梅を感じることができるところがいい。私があいち診療所に勤務して良かっと思うのは、このような相生山の自然に包まれていると感じている瞬間である。

今でこそ花と言えば桜ではあるが、奈良時代には花と言えば、中国から伝来した梅であった。万葉集には桜を詠んだ歌が四三首に対し、梅を詠んだ歌は倍以上の一一〇首である。しかし、平安時代に、日本独自の文化が発展する頃から桜が人気となる。古今和歌集の歌は桜七〇首、梅一八首と逆転する。以後、日本古来の桜に対し、より親しみを感じるようになり、梅よりも桜の花見が一般的になった。

今から四〇年前、相生山の梅林で前記のようなことを妄想していた時のことであった。「ピッピッピッピッピッ」と鳥のさえずりが聞こえたかと思うと、小鳥の大群が山の方から飛んできた。三〇羽近いメジロたちであった。盛んにさえずり、楽しそうに梅の蜜を吸うと、一〇分ほどで一斉に飛び立った。後には何事もなかったかのように、梅林が佇んでいた。夢のような出来事だった。東京で生まれ育った私にとって、メジロを見たのは初めてであった。メジロは美しい黄緑色の羽に、周りを白く縁どられた眼が愛らしい。春の初めに訪れるこの小さな美しいお客様に会えるのを毎年楽しみにしている。以前、CBC放送のテレビ取材を受けた時、アナウンサーとカメラマンをその梅林に案内した。数羽ではあったがメジロがやってきて、とても感動されていた。

今年も皆様にとって、良い一年になることをお祈りしています。