医療安全管理委員会って?
医療法施行規則というものに私たちは従わなくてはなりません。その中で医療の安全管理を目的とした委員会を開催するように指示されています。その中で事故報告書を検討し、事故が起こらない様に対策を立てるのが仕事です。
「医療事故」がテレビ画面を賑わすことがしばしばあり、病院の院長先生などが頭を下げるシーンをご覧になった方も見えるでしょう。
「毎月10件以上の事故報告」
当院では毎月事故報告書が10件以上提出されます。えっ、そんなに?と思われるかも知れませんね。私たちは利用者や職員、診療所の機材にダメージを与えることを事故と呼んでいます。放っておくと事故になりそうだったが未然に防げたことはヒヤリハットと言って区別しています。
よくテレビを賑わすのは「間違った注射で患者さんが亡くなってしまった」と言ったことですが、「釣り銭を間違えて渡してしまった」「洗濯物を返し損なった」など当院でもいくらでもあるのです。
事故を起こそうと運転はしない
酒気帯び運転による事故などは許されませんが、事故を起こそうとして運転している人はいないのに車を運転していれば事故は起こるのです。
最近の自動車は追突防止装置や後発進防止装置の装着が義務づけられており、これによって多くの事故が防げる様になっています。
事故は防げない
私たちの[事故]も「注意しましょう」で防げるわけではありません。
「事故」が会ったとき追求するのは「誰の不注意が原因か」ではありません、その事故が起こる要因としてどのようなものがあるのかです。一つでも多くその原因を明らかにして、同じ事が起こらない様にすることがこの委員会の役割です。
委員をしていて報告書が多い事業所と少ない事業所があります。私たちは報告書の多い事業所の方が安心できる事業所だと感じています。それは小さいことでも問題にし、それが生じない様にしている事業所では、大きな事故が起こりにくいからです。
小さな事故から学ぶ
「1件の重大事故の背景には29件の軽微な事故と300件の怪我に至らない事故がある」というハインリッヒの法則は労働災害の調査の結果発表されたものです。
ヒヤリハットは怪我に至らない事故であり、それはたまたま重大事故に至らなかっただけで300分の1の確率で重大事故に至ると言うことです。
「皆様にお願い」
未然に防ぐことが困難な事故は、私たちが事故だと認識していない事故です。皆様を不愉快にすることがあればそれも事故です。その防止策をとることは重大事故の回避につながります。
気がついたこと、気になったことを気軽にお伝えください。
私が大切にしていること
作業療法士 呉屋 政佳
WHО(世界保健機関)は「健康」について「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」と定義しています。
その中で私が大事だと考えるのは「精神的」「社会的」の部分です。「肉体的」という部分は誰もが意識している部分ですが、ホントの意味での「健康」とは身体的に病気が無いことや歩けることだけでなく、社会と交流を図り、精神的に安定していること、つまり「ハッピー」を感じられることが重要だと考えます。
そのため私が利用者様と関わる(働く)上で大切にしていることは、病気や身体的な関わりだけではなく、利用者様の生活や価値観に触れさせて頂き、可能な限り人や社会との交流を持ち活動して頂くということです。
その活動の中で少しでも「ハッピー」な時間を作り出すことができる、又は感じることができる関わりを私は大切にしています。
あなたは今「ハッピー」ですか?
言語聴覚士 尾川 真菜
私が大切にしていることは相手の気持ちに寄り添うことです。
訪問リハビリや、外来での言語訓練ではご本人だけでなくご家族と関わる機会も多く、生活全体を支援していく必要があります。その中で様々な家族関係や環境があり、それぞれのこだわりもあります。
病院では実現が難しいようなことも在宅では叶えることが出来る場合もあり、その支援が出来る仕事が訪問リハビリです。
その為には「こんなことがしてみたい」「これは出来ない」などご本人やご家族が気兼ねなく希望を話せるような良い関係が必要であり、この関係を作る上での大切な要素は相手の気持ちに寄り添うことだと私は思っています。日頃の何気ないコミュニケーションを大切にし「この人になら相談できる・わがままも言える」と思ってもらえるような言語聴覚士でありたいと思っています。
秘書課 小谷 明嗣
私は十代から二十代の頃、身心の不具合と、家庭の不調和を抱えて悩んでいました。人を損ね、自分を損ね、周囲に当たり散らす、人相は暗く誰からも嫌われる人間でした。
それを少しでも改善しようと思い仏教を学び始めました。高僧は法話の中で何度も言われました。「今、自分が苦しみを感じているのは、祖先たちが我が身を優先して生きてきたからです。仏教には物を持たない人でもできる施し【無財の七施】という教えがあります。その中でも[和顔施(わがんせ)][ 和語施( わごせ)] は最も簡単な施しで、それを続けることによって、あなたたちが感じている苦しみを解消する道がきっと開けるでしょう。だから他人になごやかな顔で接しなさい、他人になごやかな言葉をかけなさい」と。
『自分が悩み苦しんでいるのにそれどころじゃない』とは思っていたのですが、その考え方を改め、苦しい中でも少しずつ施しを続けることで、今こうして母の亡くなった年を過ぎるまで生きてこられた気がします。
みなさんも日々出会う人に対して、[ 和顔施][ 和語施] を心がけて接してみてください。